病院の先生から、発達グレーゾーンと言われて、
「子どもの療育やトレーニングをがんばろう!そして、いつか『白』にしよう」
そう思う親がいても不思議ではありません。
もしかして、あなたがそうですか?
それなら、ちょっと聞いて欲しい事があります。
きっと、あなたと子どもに役立つことです。
ママさんエスコーター
目次
発達グレーは白にはならない
発達障害と診断はされていない。
グレーゾーンと言われただけ。
ということは、「白」に転ぶことだってある。
親なら、そんな期待を持ってしまうかもしれません。
けれど、グレーは限りなく「黒」に近い。
そして、酷なようですが、グレーが「白」になることはありません。
幼少期にグレーゾーンと言われた子どもは、大人になっても薄い「黒」の状態が残ると思っていた方がいいです。
親の発達特性を「ゼロ」にする働きかけは、徒労に終わることが多いです。
薄い「黒」ではダメなのか?
グレーが「白」になることがない、と聞いて落胆したかもしれません。
けれど、薄い「黒」ではダメなのでしょうか?
小さい頃、発達検査や療育を受けていても、成人して、薬を全く飲まず、そして手帳も取らず働き、生活している人がいます。
そういった人は、「白」になったか、というとそうではありません。
『症状は残っているけれど、社会に適応できている。』
という状態なのです。
例えば、自閉症スペクトラムの人の場合。
小さい頃からもっている「こだわり」という特性。
- 帰り道は、いつも同じ道を通りたい
- くつは、サイズが変わっても同じ種類のくつでないと履かない
- ボールを使うなら、ドッジボールしかしたくない
こうした小さい頃のこだわりは、成長して少なくはなるけれど、「ゼロ」にはなりません。
成人の、社会に適応できている人のこだわりの中には、
- 毎朝決まった時間に起きて、決まった時間に家を出る
- あるレストランに行くと、毎回同じメニューを頼む
- 勤務時間中は、仕事以外のことはしたくない
こうしたものがあります。
これらのこだわりは、持っていたらダメだと思いますか?
誰にも迷惑はかけていませんし、むしろ、こうしたこだわりが社会生活を成立たせているのです。
就学前後で、落ち着いてきたので「白」になった
そうはいっても、
「うちの子、以前よりだいぶ落ち着いてきたんです。
このままいけば、大人になったら特性はなくなると思います。」
とおっしゃるお母さんもいるでしょう。
では、3歳の頃走り回っていて、グレーゾーンと言われていたAさんを例に挙げてみます。
Aさんは、小学校に入学してからは、だいぶ落ち着いてきて中学校では走り回ることはなくなり、授業時間も座っていられるようになりました。
大人になった今は、最後まで人の話も聞けます。
だから、Aさんの多動性・衝動性がゼロになったのか。
というと、そうではないです。
特性は、Aさんの中で持続しています。
- 頭の中が多動で、次から次に色んな事を考えて落ち着きがない
- 貧乏ゆすりをするなど、体の一部は動いている
- 突然、あるアイデアが思いついて、急にその準備を始める
このように、成長するにつれ、特性は形態を変えていきます。
この、
特性は「ゼロ」になるのではなく、形態を変えていく
ということを親はしっかり覚えておかないといけません。
特性がゼロになった。もう大丈夫!という誤解が招く悲劇
特性が「ゼロ」になった、と親や周りが勘違いすると、
- 落ち着いてきたから、もう手助けは必要ない
- 自分も子どもも困りごとは、抱えていない
- ひとりでちゃんとやるだろう
と捉え、ある一定期間は安心できます。
けれど実際、Aさん本人はずっと違和感を持ち続けています。
- いつも頭の中がまとまらない
- 仕事で使う大事な資料を忘れる
- 「何を考えているのかわからない」と職場の人に言われる
仕事のミスも続き、対人関係もぎくしゃくしてくる。
けれど、周りは自分を「普通」として見てくるので、
「自分の努力不足だ」と感じて、がんばろう、がんばろうとどんどん空回りしていく…。
状況が悪い方向に進めば、退職を余儀なくされる場合もあります。
そうなれば、Aさんは仕事を失い、そして自信も失ってしまいます。
次の仕事を探し、スタートする意欲がなければ、「ひきこもり」ということにもなりかねません。
周りの継続的な見守りが必要
周りが、Aさんには特性を持ち続けていると認識していれば、
- 頭の中の考えをまとめるために、書き出す作業を与える
- 大事な資料の管理の仕方を職場で考える
- Aさんには、考えが次から次に移っていくということを職場でシェアする
など、Aさんの多動性・衝動性をフォローする体制をとることもできます。
子どもの成長に伴い、特性が和らいできた、目に見える問題が少なくなってきた、ということは喜ばしい事でしょう。
けれど、特性は「ゼロ」になったんだ。
と捉えることには、大きなリスクがあります。
子どもが成長しても、
- 何か困りごとがあれば、相談にのってあげられる親子関係
- 社会に適応できる工夫を提供し続ける
- 特性があること自体を否定しない
こうしたことを大切にしていくべきなのです。
私たち親が目指すことは、
子どもの特性や症状を「ゼロ」にすることではなく、「障害」の部分をいかに少なくするか
ということです。
障害とは社会との関係性で生まれるもの
障害とは、個人だけの問題ではありません。
社会との関係性によって生まれるものです。
例えば、階段だけしかない建物で、上の階に移動することは、車いすを使用する人にとっては、障害です。
けれど、そこにエレベーターをつければ同じ車イス使用者にとって、上の階への移動はなんら障害ではありません。
特性や症状はゼロにならなくても、周りの環境整備、配慮、本人の工夫によって「障害」ではなくなり、社会生活をうまく過ごしていけます。
特性や症状のゼロを目指すこと。
「ゼロになった!」という誤解が、周りの環境整備、配慮や工夫を得るチャンスをなくしてしまいます。
その結果、「障害」を生み出すことにつながります。
だから、特性や症状よりも「障害」の部分に目を向ける重要性を知るべきなのです。
まとめ
子どもがグレーゾーンと言われると、親の気持ちの中には
「グレーを『白』にしたい」
という思いが出てきても不思議ではありません。
けれど、グレーが『白』になることはありません。
成長して、症状が落ち着いてくることもありますが、決して「ゼロ」になっているということではなく、形態を変えて持続している。
というとこを、忘れないで下さい。
周りがもう大丈夫!配慮は必要ない。
と判断することが、本人に生きづらさを感じさせてしまうことがあります。
私たち親が目指すことは、子どもの特性や症状を「ゼロ」にすることではなく、「障害」の部分をいかに少なくするかということ。
「障害」は社会との関係で生じます。
適切な環境調整、配慮や工夫を受ければ、社会との関係を良好に保ち「障害」を最小限にできます。
子どもにとって、過ごしやすい毎日とはどんなものなのか。
少し先の未来を想像してみて下さい。
ママさんエスコーター
音声
ママさんエスコーター